インタビュー一覧

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著者インタビュー


『テクノアメニティ 「日本触媒」未来への挑戦、夢の実現』

株式会社ダイヤモンド・ビジネス企画 取締役編集長 岡田晴彦 氏

新刊紹介

高杉良・著 『炎の経営者』から四半世紀。
日本触媒は今や紙おむつの原料・高吸水性樹脂(SAP)で世界トップシェアを誇る化学原料メーカーである。
化学原料は、酸化エチレンにしてもエチレングリコールにしても、我々にはあまりなじみがない。しかしひとたび生産が止まれば確実に我々の生活を脅かすほどの重要性を秘めている。
そしてそんなスポットライトの当たらぬ場所で、静かにそれらの製品に情熱を捧げてきた企業がある。
日本触媒という一企業の本質と、そこで働く社員の等身大の姿とは。創業社長・『炎の経営者』が起こした小さな企業は、いかにグローバル化を果たし、世界にその名を売ったのか。
「技術立社」日本触媒。その70年の歴史をひもとき、同社が目指す未来図を描き出す本書。
著者・岡田晴彦が再び企業ドキュメンタリーのために筆を取った、その決め手は何だったか。なぜそれが日本触媒でなければならなかったのか。
著者の胸の内に迫った。


企業の実態というものを知りたかった。

本書と同様の体裁をとるビジネスドキュメンタリーといえば、『絆の翼 チームだから強い、ANAのスゴさの秘密』を思い出します。

岡田氏(以下、岡田) はい。『絆の翼』ではメモリアルフライトのエピソードなどを中心に、ANAのサービスの真髄をお伝えしました。今回本書を手がけようと思ったのは、一企業の実像というものに興味がわいたからです。編集長として多くの企業や経営者を取材してきた中で感じたことがありました。それは、企業というものはそれでひとつの生き物なのだということ。いろんな機関や組織があって、それぞれ様々な役割を果たしながら命を紡いでいく。ものすごく勢いのあった企業が突然倒産することもある。思いもよらぬ小さな企業が、あっという間に一流企業に上り詰めることもある。企業って何だろうと。きれいごとじゃない、企業の本質が知りたいと思ったんですよ。

舞台は化学原料メーカー・日本触媒。この企業を選んだ理由を教えてください。

岡田 高吸水性樹脂をご存じですか。あるいは酸化エチレンやエチレングリコール、コンクリート混和材用ポリマーという言葉を。おそらく多くの方は知らないのではないでしょうか。もちろん私も知りませんでした。でもこれらは紙おむつやペットボトル、台所用洗剤や衣料用洗剤に使われている、ごく身近な製品です。東京湾アクアラインや明石海峡大橋を通ったことがある方も多いのでは?シャツを着たことがない人もいないはずです。これだけ身近な製品なのに、誰もそれらを構成する原料の存在を知らない。ANAとは対極にあるこの立ち位置にも強く興味を惹かれました。そしてもちろん、高杉良氏が描いた『炎の経営者』の遺志はどこに繋がったのか、という点でもまた、私にとって興味深い企業でした。

今回はそんな日本触媒の全事業部の社員・総勢120名に取材をされたということですが。

岡田 200ページの本に、120名。多いと思われるでしょうか。それでも私は、トップだけでも、幹部だけでも駄目だと思ったんです。最前線で働いている平社員、若手社員にまで本音を聞かなければ企業の本質に迫ることはできないと。取材は数ヶ月、数十時間にも及ぶ途方もない作業でした。本書の中で『「文化」ではなく「魂」に迫る』と表現したのはそのためです。ぽつりとこぼれる社員の本音ひとつ聞き逃すまいと、東京、川崎、大阪、姫路の各拠点を回り、上っ面だけのきれいごとを排した、泥まみれの真実を探しにいきました。


そこには、苦難と挫折に満ちた70年の歴史があった。

実際に多くの社員に会い、話を聞いた結果、当初思い描いていた印象と何か変わりましたか。

岡田 結局、印象は変わらなかった気がします。『炎の経営者』の冒頭と同じ。この会社にはまず困難と挫折があるんです。いつも何かしらうまくいかないところから始まって、「さあ、どうする」と血の滲むような努力をする。愚直に体当たりでぶつかって成功を掴んでいく。大阪下町の小さな企業から始まったということに納得する、誤解を恐れずにいうなら、泥臭い会社なんでしょうね。

書籍を編集していく中で、特に印象的だったエピソードを教えてください。

岡田 やはり同社の主力製品・高吸水性樹脂の量産化プロジェクトのエピソードでしょうね。ある日、高吸水性樹脂の研究開発チームは、アメリカの大手日用品メーカーから紙おむつの原料として、年間1万トンのオーダーを受けます。しかし当時確立していた生産体制は僅か年間1000トン。短期間で生産能力を10倍にするなんて、素人が考えても難しそうなものです。業界では考えられないほど大変なことでした。しかし当時の研究所長はこれを不退転の決意で引き受けます。そして経営陣や部下たちがその目標に向かって突き進んでいくのです。

そうした苦難を乗り越えながら、やがてその高吸水性樹脂で世界トップシェアを占めるメーカーに成長する。

岡田 現実は小説より奇なり、とはよくいったものです。この増産体制、期日に間に合った後も一筋縄ではいきませんでした。そもそもこの高吸水性樹脂自体、別の製品の失敗作から生まれたものです。あきれ返るぐらい困難だらけだとご理解いただけるかもしれません。しかしそうして降りかかった難局を1つひとつ乗り越えていった軌跡が、世界トップシェアの椅子を用意した。すごいドラマですよね。ただの失敗作だと思えばそれまで。10倍なんて無理だと思えばそれまで。彼らの情熱と先見の明には敬意を表さずにはいられません。

そんな日本触媒の社員たちは、どのような人々でしたか。

岡田 これは日本触媒の誰に聞いても同じ答えが返ってきますが、「自分たちはエリート集団じゃない。ただ真面目で、素直で、いつも全力。そして何より本音で語り合える仲間がいるだけ」というその言葉に集約されている気がします。トップから平社員まで、上下なく本音で噛み付きながら、怒鳴り合い、時に大喧嘩をして、それでも同じ思いを抱えて仕事をしている。誇りがある。そんな会社です。会えば飲みに誘ってくれる気さくな人たちですよ。気取ったところもない。彼らが誇るのは「技術」と「仲間」。「炎」の意志は今も健在です。

最後に一言、メッセージをお願いします。

岡田 日本の「ものづくり」はまだまだ面白い。世の中にはスポットライトを浴びずに奮闘を続ける面白い企業がたくさんある。日本は駄目だと肩を落とす全企業人に見ていただきたい作品です。是非一度手にとって少しでも読み進めていただければ、きっと困難に立ち向かう勇気がわいてくるはずだと信じています。

株式会社ダイヤモンド・ビジネス企画(だいやもんど・びじねすきかく)

1960年、ダイヤモンド社に設立された『ダイヤモンド・セールス』編集部が1972年に分社化。株式会社ダイヤモンド・セールス編集企画として設立。
2005年にソフトブレーン株式会社が資本参加し、ダイヤモンド社との合弁企業となる。名称をダイヤモンド・ビジネス企画に変更。
2006年、『ダイヤモンド・セールスマネジャー』を『ダイヤモンド・ビジョナリー』と改題、その後、メールマガジンへと媒体変更を行なう。
ダイヤモンド・ビジネス企画の編・著書として、『絆の翼 チームだから強いANAのスゴさの秘密』、『日本の営業2011 営業は知恵と情熱の格闘技!』、『AED街角の奇跡 「勇気」が救った命の物語』などがある。