インタビュー一覧

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著者インタビュー


『三世紀企業の魂 老舗企業の「決断力」とは』

神栄株式会社 代表取締役社長(現・取締役会長) 森﨑歳章 氏

新刊紹介

日本経済は暗く長いトンネルの中に入り込んだような閉塞感に満ちている。企業はグローバル戦略に乗り遅れ、弱体化が進み見る影もない。もう一度、元気な企業に戻したいと願う人は多いだろう。
平成24年に創立125年を迎える企業が神戸にある。明治から平成と時代を超えて営業し続ける秘訣を、神栄株式会社 代表取締役社長(現・取締役会長)森﨑歳章氏に伺った。


金庫の中に隠されていた戦後の事業戦略書

まるで終戦の日を予見していたかのようなその文書の存在が、

明治から受け継がれる老舗企業の魂を雄弁に物語る。

まずは、『三世紀企業の魂』の出版のきっかけを教えてください。

森﨑氏(以下、森﨑) 当社は平成24年で創立125年を迎えました。その節目に今を生き抜く経営者の方のヒントになればと思い、出版させていただきました。
歴史的な危機にこれほど多く直面してきた会社は少ないと思います。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と4つの戦争と世界恐慌、オイルショックに、バブル経済崩壊など、歴史的な大転換期を何度となく乗り越えてきました。
近年ではリーマン・ショック、歴史的な円高、欧州の財政危機、東日本大震災と原発事故など、日本の企業にとっても厳しい状況が続いています。何か乗り越えるヒントになればとよいですが。

危機を乗り越えるためには、何が重要なことだと考えていますか。

森﨑 一言で言えば、その時代の社会情勢や経済動向を間違えないように読むということだと思います。

『戦後ノ神栄会社ノ方針』というものがあったと伺っていますが、どのようなものですか。

森﨑 『戦後ノ神栄会社ノ方針』は、神戸の神栄株式会社の本社の金庫に保管されていた書です。1943年1月の経営陣らによって策定されていた事業戦略書でした。神戸での生糸市場を拡大させるという大志を抱き、初代・伊藤長次郎社長らが神戸市栄町に「有限責任神榮会社」を設立したのが、今から120年以上も前のことです。文明開化に沸く明治の頃です。そこから四度の戦争と震災、度重なる経済不況を乗り越え、平成の時代へと導いたのは、経営陣の時代を読む力と「決断力」があったからだと確信しています。
第二次世界大戦終結を正確に予見し、戦後どんな事業が有利か、飛躍する事業は何かを、重要戦略書として金庫にしまわれていたのが『戦後ノ神栄会社ノ方針』です。

第二次世界大戦中、製糸事業、繊維事業からコンデンサ製造のほうにも進出していきますが、どうしてですか。

森﨑 戦時統治下による軍の命令で一時的に軍需産業に転換させられていました。民生企業は業種にかかわらず、鉄鋼、石炭、石油、航空機、船舶と五つの製造所として振り分けられていました。神栄に割り振られたのはコンデンサ製造でした。製糸工場を運営していた神栄にはコンデンサ製造のノウハウがありません。そこでコンデンサ製造をしていた東邦電機株式会社を買収し、新規事業に参入することになります。ここで大きく躍進していきます。

新規産業参入で躍進していくにもかかわらず、どうして製糸事業から撤退したんですか。

森﨑 蚕糸業の衰退によって製糸業の生産者が減少しました。それに伴って、海外から安い製糸が入ってくるようになり、日本の製糸業は国際競争力を失いました。そのため製糸業からの撤退をよぎなくされました。これは神栄にとっても苦渋の決断でした。

最後に、永続できる企業の秘訣はなんでしょうか。

森﨑 これは冒頭に申し上げましたが、社会情勢、市場動向を冷静に分析するということが必要だと思います。時には撤退する、時には拡張するという決断を読み誤らないよう参考にしていただければ幸いです。


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