インタビュー一覧

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著者インタビュー


『良いことに上限はないんだ 東京理科大ソフトボール部の上等な青春』

東京理科大学 丸山克俊 氏

新刊紹介

理系大学の名門、東京理科大学で体育教員になり、自ら部員を募集してソフトボール部を立ち上げた1人の男がいた。丸山克俊氏である。理工系の大学では、学生は学業に追われて部活動に熱中するという土壌がない。そんな状況下で、スポーツで日本一になるというロマンを掲げ、学生とともに荒地をならしてグラウンドづくりに励む姿があった。スローガンは「無遅刻・無欠席・全力疾走当たり前」。社会に有為な人間、リーダーを輩出する、ということに強い使命感を持ち、監督として、教育者として信念を貫いてきた名将であり、本作の著者、丸山克俊氏にお話を伺った。


日本一のロマンを求めて

理科大を舞台にした書籍としては、1冊目の『長万部学寮物語』という北海道・長万部での1年間の寮生活で成長していく学生たちを描いた小説風の書籍に続き、2冊目となりますが、今回執筆に至ったきっかけを教えていただけますか。

丸山氏(以下、丸山) 理科大から、一般教養の保健体育の教員採用のお話をいただいた当時、私は理科大で体育教員をすることの意味を自問自答していました。田舎に帰って、学校の体育教師になる選択肢もあったからです。実は、高校を出て日体大に入る時に、大学を卒業したら田舎に戻って学校の教師になるという約束を父としていました。
しかし、私は結局理科大で体育教員になる道を選びました。その時、私は教育者として「社会に有為な人間を育てる」ことを心に誓いました。ソフトボール部を立ち上げる時も、どうせなら日本一のチームを目指そうと思いました。そうして、私には2つの志ができたわけです。大学教員として人間を育てることと、ソフトボール部をインカレで日本一にするという目標の2つです。
理科大のソフトボール部は今年で創部35年目を迎えます。その節目に理科大のソフトボール部の歴史と、文武両道に学生生活を捧げた学生たちの奮闘の記録を多くの方に知っていただきたいと思い、執筆しました。

強いソフトボールチームをつくり上げ、その中で人間教育もされたわけですが、何か“特に”心がけていたことはありますか?

丸山 強いソフトボールチームをつくるということと、人間を教育することは、私の中では同じことでした。精神力が弱ければ何も達成できないと考えていました。目一杯(めいっぱい)努力することが大切です。
強いソフトボール部をつくるために私が掲げたのは、「無遅刻・無欠席・全力疾走当たり前」の原則です。学生たちにはもっともきつい規則です。そして、これは私にとっても過酷な規則となりました。しかし、社会人としてはどれも当たり前のことです。これが守れないようではソフトボールも強くならないし、人としての基本もできていないということです。自分の信念や考え方がブレない「人生の芯棒づくり」ということを学生たちに身をもって示すため、ずっとこの規則を守り続けました。

創部以来35年で、全日本大学選手権大会(インカレ)に14回出場し、ベスト8に3回という戦績を残していらっしゃいます。これも人間教育の成果ですね。

丸山 理工系総合大学として、インカレに出場するというのは、実は大変なことなんです。理科系の学生は、日々、実験レポートの提出や課題に追われ、半端でない時間を勉学に費やさなければ単位が取れません。特に理科大はそうです。
ですから、理科大ソフト部のインカレ14回出場と、その戦績は本当に立派なものです。
創部以来16年間監督を務め、2年間の辞任期間後7年間総監督を務め、2003年に監督に復帰してから再びインカレ出場権を得るチームの基礎づくりに3年を要しました。その後、2011年の関東学生春季ソフトボールリーグ一部全勝優勝を果たすまで6年かかりましたが、春秋12シーズンにわたって一部リーグ在籍を堅持してきたことに誇りをもっています。

一時監督を退いていらっしゃいますが、復帰までの経緯はどのようなものだったのでしょうか。

丸山 私が諸事情で退任して1年目の1994年4月、運命のいたずらとも言える出来事が起こりました。ソフトボール部に私がいなくなった途端、優秀なピッチャーが入部してきたのです。しかし、チームは規律が乱れて求心力を失い、勝てない時代が続きました。その後、紆余曲折を経て1995年の秋に復帰しました。もう一度、なんとしてもインカレに行くと決意しました。

35年を振り返って、今、頭に去来するのはどんなことですか。

丸山 35年間、ソフトボール部をここまで育ててくださったすべての方々への感謝です。温かく見守ってくれた学内関係者をはじめ特にOB・OG諸氏の応援は嬉しかったです。創部以来、苦楽をともにした部員たちにお礼を言いたいです。そして、理科大ソフトボール部の辿ってきた道のりを、この本を読んで体感していただければ、何よりの喜びです。

丸山克俊(まるやま・かつとし)

1951年長野県に生まれる。県立飯田橋高等学校卒業、日本体育大学体育学部を卒業後、日本大学大学院文学部研究科教育学専攻博士課程を満期退学。
現在、東京理科大学教授(体育研究室)。東京理科大学科学教養誌、月刊「理大 科学フォーラム」編集委員長。日本幼少児健康教育学会長、日本コーチング学会理事。関東大学ソフトボール連盟理事長。