インタビュー一覧

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著者インタビュー


『陸に上がった日立造船 復活にマジックはない あるのは技術力だ』

株式会社ダイヤモンド・ビジネス企画 取締役編集長 岡田晴彦 氏

1881年、英国人貿易商・エドワード・ハズレット・ハンターの手により創業。以来、造船事業を主軸に業界トップへと上り詰めた日立造船。しかし時代は移り、1970年代のオイルショックを迎えると、円高・造船不況により業績は低迷し、経営はひっ迫した。
陸(おか)に上がった日立造船が歩んだ茨の道は一体どこへ続いていたのか。祖業を離れて、陸に血路を拓いた人々の挑戦と葛藤とは。
造船事業分離10年。その激闘の舞台裏に迫る一冊、『陸(おか)に上がった日立造船』。
ツムラ復活を描く『復活を使命にした経営者』に続いて本書の筆を執った、弊社取締役編集長・岡田晴彦に話を聞いた。


船のない、新たな旅路へ――。

まずは、数ある企業の中で日立造船を選んだ理由について聞かせてください。

岡田氏(以下、岡田) 日立造船が既に造船業を手放しているということをご存じですか。大きな利益は占めていないにしても、まだ何らかの形で造船業そのものは続いていると思っている人も意外と多いのではないでしょうか。しかし現実には、連結決算にも造船業の数字は入ってこない。完全に造船事業を撤退しているんですよ。社名にもなっている祖業を切り離す。そこにどれだけの決意があったのか。私はこの名門企業始まって以来の最大の決断に、強い興味を惹かれました。

「陸(おか)に上がった日立造船」というタイトルにもその大きな決断が表れていますね。

岡田 奇しくも、6月6日に同じく私の名前で発売させていただいた書籍『復活を使命にした経営者』に登場する漢方の名門・ツムラと同じ、「V字回復」を扱った書籍です。
しかし両社はまったく異なる道を選んだ。
ご承知の通り、ツムラは看板製品を抱えるバスクリン事業を切り離し、新薬開発を中止。祖業・漢方にすべてを注ぐことで業績回復を果たしました。日立造船もツムラも創業は同じ明治時代。どちらも業界のトップに君臨する名門企業です。
しかしどちらも異なる道を選び、そして改革を成功させた。この2つの対照的な企業の書籍を発売することが決まったとき、私はこれ以上面白い企画があるだろうか、という興奮に包まれました。

作中ではその改革の様子が臨場感たっぷりと描かれていますが、船を作らない日立造船は、実際には何の道を選んだのでしょうか。

岡田 まさしく、船のない新たな旅路。日立造船の現在の主力事業は、ごみ焼却発電やフラップゲート(防波堤)、GPS波浪計やシールド掘進機といった、環境・防災・インフラ事業です。船とは全く異なる選択だと思われたかもしれません。しかし、鉄を切り、鉄を曲げ、鉄を繋ぐというこの技術の根幹にあるのは、海洋構造物を形成するために必要な、すなわち造船業で培われた精密加工技術です。ものが大きくなればなるほど、1mmのズレが大きな歪みを生む。完成物が大きいほど、繊細な技術が必要とされるのです。まさに、戦艦からタンカーまで時代の最新鋭の船舶を造り続けてきた日立造船だからこそできる繊細でダイナミックな技なのですよ。

簡単な改革ではなかったことが作中で語られていますが、その改革までの3000日をどう考えますか。

岡田 この改革の立役者・古川実現会長が経営のバトンを受けたとき、日立造船はまさに沈みかけた船でした。しかし彼は「私の時代に花なんて咲かなくていい」と、そう言った。受注意思決定会議を設けて事業部から権限を取り上げ、半額減資を決意、十社統合を断行し、企業風土改革に執念を燃やした。社内外からの猛烈な逆風に耐えながら、それでも彼は改革の道を突き進みます。創業130年の重みを誰よりも知っていた古川氏が、どんな思いでユニバーサル造船への株式売却を口にしたのか。私は思わず目頭が熱くなりました。
日立造船は私にとって憧れの企業。しかし書籍制作を終え、この企業がかいくぐった試練を思い、今改めて、日立造船という偉大な企業への畏敬の念を覚えるのです。

最後に一言、このインタビュー記事を読んでいるユーザーにメッセージをお願いします。

岡田 優秀な経営者というのは、もしかしたら「愚直に貫く」ことができる人間なのかもしれません。「なぜ造船事業を切り離すのか」「なぜ分社化した企業をまた統合するのか」と、決断には反発が伴います。経営が改善するまでは社内外からの風当たりが苛烈なものとなるでしょう。
しかし日立造船にはそれを乗り切るだけの力があった。古川氏には貫きたい哲学があり、この会社を守りたい、という強い思いと知恵があった。
もしかしたら「他の正しい選択肢」があったのかもしれません。でもこの道は業績を回復するという結果を生み出す「正しい道」だった。企業の内部から新たな選択肢を導きだす千里眼と、選んだ道を突き進む勇気があった。
是非この3000日を歴史の証人として肌に感じてほしいと思います。古川氏からは、「無理な誇張はいりません。ありのままを伝えてください」と承りました。
私はありのままを、そのお人柄にも感じ入りながら筆を執りました。是非皆さんとこの感動を共有することができればと思っています。

株式会社ダイヤモンド・ビジネス企画(だいやもんど・びじねすきかく)

1960年、ダイヤモンド社に設立された『ダイヤモンド・セールス』編集部が1972年に分社化、株式会社ダイヤモンド・セールス編集企画として設立。
2005年にソフトブレーン株式会社(東証1部上場)が資本参加し、ダイヤモンド社との合併企業となる。名称をダイヤモンド・ビジネス企画に変更。
2006年、月刊『ダイヤモンド・セールスマネジャー』を『ダイヤモンド・ビジョナリー』と改題、その後メールマガジンへと媒体変更を行なう。
現在は、経営、マーケティング、営業など、幅広いビジネスの領域の出版事業を展開している。
ダイヤモンド・ビジネス企画の編・著書として『絆の翼 チームだから強い、ANAのスゴさの秘密』、『日本の営業2011 営業は知恵と情熱の格闘技!』、『AED街角の奇跡 「勇気」が救った命の物語』、『テクノアメニティ』などがある。