――まず、富士急行株式会社に注目した理由について教えてください。
編集部 富士山のことを知らない日本人は、おそらく小学生も含めて存在しないはずです。また、2013年に世界遺産登録されてからは外国人旅行者も一気に増え、“FUJIYAMA”という名前を耳にしたことがある人も世界中で激増しています。
しかしこのFUJIYAMAが、実は登録商標になっていることは、ほとんど知られていないのではないでしょうか。
この商標を保持しているのが「富士急行」です。同名の大型ジェットコースターを筆頭に、ちょっと「ヘン」な名前の絶叫マシンを数々抱え、テーマパークファンの間では「絶叫の聖地」として知られるあの「富士急ハイランド」の運営会社でもあります。
“急行”という名が示す通り本業は鉄道会社で、首都圏から富士山麓へ向かう高速バスも大量に運行していますが、それだけでなく、ホテルやリゾート開発、日本一オープンの早いスキー場の運営、さらにはミネラルウォーターの販売に至るまで、あんなこともこんなこともやっている。
そのくせ本業の電車はのんびりと走り、どこかのどか。「このスピードに物足りなくなったら絶叫マシンへどうぞ」などと自虐的に宣伝してしまうようなユルさもある。
そんな「ヘン」な企業が、2026年9月に創立100周年を迎えました。
歴史を紐解いてみると、ゴツゴツした溶岩台地を手間暇かけて今のような緑あふれる観光地に仕立て上げたのは、まさにこの会社でした。
その「ヘン」でマジメなビジネスのスゴさ、そして愉快さを、ぜひ節目の年に解き明かさせてほしい――。そうお願いし、今回は富士急行株式会社の全面協力のもと、一冊の本にまとめさせていただいたのが本書です。
――本書の読みどころを教えてください。
編集部 本書は主に2部構成となっています。
第1部では、富士山麓を魅力的な場所にするために、100年の歴史の中で繰り出してきた「あの手この手」の事業を、成功例も失敗例も含めて集約。19の事例から、ビジネスにも活かせそうなポイントを整理しました。
そして第2部では、そんな富士急行の起業精神や異例の事業構造について、堀内光一郎社長のインタビューも交えて深掘りしています。
また一橋大学特任教授の楠木建先生にコラム「富士をコンセプトにした会社の強みとその突破力」をご執筆いただきました。ぜひこちらのコラムもお読みいただきたいと思います。
――本書には富士急行の事業にまつわる「ヘン」で「マジメ」なエピソードが多数紹介されています。いくつか紹介いただけますでしょうか。
編集部 例えば、富士急行ではホテルやリゾート開発も手がけていますが、富士山を最高の角度で見るためだけに、あえて急斜面に道を切り拓いて山頂にホテルを建設しました。そして富士山が見えなかったら宿泊代を返金する!という前代未聞の約束を交わしています。
また、日本一オープンの早いスキー場を富士の南麓に展開したかと思えば、わざわざアメリカへ社員を派遣して水陸両用バスをゼロから共同開発しました。さらには自社ブランドのミネラルウォーターの販売も手掛けていますが、それは井戸水が当たり前だった時代にやったことです。近年では、コロナ禍の閉塞感の中、「真顔チャレンジ」と題するジェットコースターへの無言搭乗動画を公開し、世界中で2億回以上の再生を記録しています。このように、富士急行の100年の歴史は「ヘン」で「マジメ」な無謀なチャレンジで満ち溢れています。
――改めて本書を通じて、また富士急行という企業の100年のストーリーを通じて、どんなメッセージを読者に伝えたいでしょうか。
編集部 沿線開発として遊園地事業に踏み切った他の鉄道会社は、その多くが今日に至るまで撤退や縮小を余儀なくされてきましたが、彼ら富士急行は違いました。ホテル事業から遊園地事業まで、経営のトップから「うちの本業だから真剣にやれ」と号令がかかり、他社であれば手を出さないような困難な企画にも徹底してチャレンジしています。それはひとえに、そうしていかないと生き残れないというサバイバル経営の精神の産物です。
本書が刊行される2026(令和8)年は、将来への不透明感がますます募る時代。そのなかで、自らのチャレンジ精神を信じ抜き、かつ守るべき信念を明確に持ち続ける富士急行の姿勢は、閉塞感を打ち破ろうとするすべてのビジネスパーソンに多くの示唆を与えてくれるはずです。
富士急行の社是は「富士を世界に拓く」です。
この社是のために、彼らがどんな尖ったことを考え、数々の無理難題をどう泥臭く解決してきたのか。驚きとワクワクに満ちた“ヘンな会社”の物語とビジネス論を、ぜひお楽しみいただきたいと思います。